名香と呼ばれる香水の香りを、エントロピーで定義してみる

良い香水や名香とは、一体どういったものであろうか。
なぜ生の草花やアロマオイルでなく、香水に特別の価値を見出すのか。
これらの問いに、物理学の観点から答えてみようと思う。

30秒でわかるエントロピー

ではまず、簡単に「エントロピー」という概念をご紹介しよう。
これは、もともとは熱力学によって定義された「物事の乱雑さを表す度合い」である。

例えば、綺麗に片づけられた部屋に、元気の有り余っている子供を一人で入れたとする。
30分後には、部屋の中には物が散乱し、始めにあった秩序は消え去っていることだろう。

この状態の変化を「エントロピーが増大した」と表すことができる。
分離していた砂糖と塩を混ぜ合わせることや、老化という現象も、「エントロピーが増大していく様子」だというと、なんとなく感覚的に理解できるであろう。

こういった物事の捉え方は、統計力学により、「考えられるあらゆる可能な状態の数の対数に比例することが証明されている」ため、事柄の「わからなさの程度」「でたらめさの度合い」「状態の多様性」……、つまるところ、「複雑さ」みたいなものだと言うこともできるだろう。

なぜ香水が、アロマオイルに比べてエントロピーが低いといえるのか

これには情報的エントロピーをあてはめるに至ってまず、人間の嗅覚と対象の認識についてを明らかにせねばならないのであろうが、今回のテーマはあくまで「名香」であるため、生の草花、アロマオイル、香水の3点に的をしぼった簡単な関係性から定義してみようと思う。

まず化学的な組成について、生の草花の特定の部位から抽出という作業を通して得られるという点で、「芳香成分」に焦点をあてて単純化したアロマオイルは、生の草花よりもエントロピーが低いといえるだろう。

また、そうして特徴を抜き出すことによって、それを嗅いだ際にイメージする対象物(草や花)の輪郭がより明瞭に、より明確に一般化されるであろうことは、植物が環境、具体的には土や水、大気への依存性が高いことからも明らかであろう。

ではなぜ、その抽出物を混ぜ合わせた結果である香水が、単体のアロマオイルよりもエントロピーが低いといえるのか。

ここで、物質的なエントロピーでなく、統計的、情報的エントロピーを用いるのである。
この考え方のもととなるのは「熱的現象を多粒子の集団的な振る舞いとして説明しよう」という統計力学である。

ではここで、「香水の定義」をその目的から考えてみよう。

調香師は一体なぜ、香りをブレンドするのであろうか?
それはずばり、「ある1つのイメージを作り上げるため」である。

これは反エントロピー、つまり、秩序立てるという行為そのものである。
単に複数の素材を混ぜ合わせ粒子の数や種類を増やしたとみるのではなく、この極めて人間的な動機をそのまま受け入れ、「香りから受ける印象やイメージ」を個々の素材の持ち味をこえて集団としての振る舞いを方向づけたのだと、理解し、認めるわけである。

そうすると、こいった捉え方のもと、「作品として完成された香水」は、アロマオイルよりも秩序だった、つまりはあるイメージのもとに反エントロピーの創造というプロセスを経て得られた、よりエントロピーの低い状態である、と結論付けることができる。

良い香水、出来のワルイ香水、名香の違い

ではここでようやく、名香とは何かを考えていこう。
まずは先ほどの香水の定義とかぶるところがあるが、「不出来」「良くない香水」について述べてみよう。

たとえば極端な話、アロマオイル3種類を無作為に(ランダム、テキトウに)混ぜ合わせたとしよう。
無計画に単に香りをブレンドしたこの行為は、たとえば砂糖と塩と小麦粉を何と無く混ぜ合わせたというのと同レベルの行為であり、なんの意図もイメージもない、ただ複数の素材を混合した結果出来上がるものは、ブレンド前よりも、エントロピーが増大したといえる。

この考えから、世に出回る「不出来な香水」は、アロマオイルよりもはるかにエントロピーが高い、ということができるだろう。

では良い香水、ひいては名香と呼ばれるものは、これらと何が違うのであろうか?

香りの好みは人それぞれという点では優劣をつけることなど不可能だが(ここで「人それぞれ」と言ってしまうことは、すべての議論と思考を放棄することであろう)、ことエントロピーという考え方のもとに香水の香りをとらえると、

良い香水はずばり、「完成度が高いものである」という結論を合理的に導くことができる。

完成度が高いということは、つまりは多くのブレンドした素材の個々の振る舞いを集団として決定づけ、ある1つの意図したイメージを強固に作り上げている、と言い換えることができ、これは統計力学的にも、また、「香水」としての性質を「香りを用いた何らかの表現」とみたときの情報的エントロピーからも、充分に「エントロピーが低い」状態であると言うことができるのである。

よって、全体のまとまりが良い、つまり、個々の素材を統制し集団としての価値を有するものは、自然界には存在せずとも、香水として1つの新たな、しかし確固たるイメージを作り上げており、これらは人間の知覚を通して、その香りの情報として処理される。

そして、そうしたプロセスを経てなお「普遍的」であるものは特別に優れた作品であり、まさに「名香」とよぶに相応しい香りである。

またこれは、「人間は反エントロピーを創造する生き物だ」という例の、誇るべき1つの例になり得るであろう。

式にあてはめてみよう

証明のかわりといってはお粗末であろうが、
古典的な熱力学によるエントロピーの定義式にあてはめてみよう。

もとの式は以下である。

エントロピー = (体系がもらった熱量)÷(体系の絶対温度)

この式において、
・体系がもらった熱量を、「その香水の香りの情報の質(よくまとまっているほど、値は低くなる)」
・体系の絶対温度を、「その個人の香りの知覚、認識能力(鼻がいいほど、値は高くなる)」
・エントロピーを、「香りから受けるイメージ、または香水としての表現力(クリア、正確であるほど、値は低くなる)」

としてみると、
香りの情報をコンパクトにまとめ上げることが、いかに嗅いだ者に意図したイメージを伝えるのに重要であるかを、納得していただけるであろう。
この計算結果は低ければ低いほど、きちんとイメージが伝わったということができる。

たとえば出来のワルイ香水の香りから得られる情報はぼやけにぼやけ、ぶれているとし、この値を100としよう。
嗅覚が並みであるものの知覚の値を5とすると、その出来のワルイ香水は20ほどのぼんやりとしたイメージ(そもそも明確なイメージがあるのかどうかすら怪しい香水も多いが)しか与えられないことになり、また、嗅覚は個人差が大きいため、嗅覚の優れたものの値を20とすると、それでも5ほどのふんわりとした印象しか与えられないということになる。(値が低いほど良い、をイメージしにくい場合は、1/20点=0.05点、1/5点=0.2点。100点満点で換算すると、それぞれにとって表現力5点の香水、表現力20点の香水というとピンとくるだろう。)

それに対して、名香は完成度が高く、確固たるイメージを作り上げているもの、と定義した。

そうすると、その情報はきちんと的を射ているため、テーマや主題が明瞭である、という意味で、情報の値を20としよう。
先ほどと同じく、嗅覚が並みであるものの値を5とすると、結果的に、その名香は4程度の、非常にクリアな、作り手の意図したイメージを伝えることに成功した、といっても差し支えないであろう値になっている。(1/4点=0.25点。100点満点に換算すると表現力25点の香水)

嗅覚の良い者を先ほどのとおり20のまま計算すると結果は1、つまりまんま全て伝わってしまうことになるが、これは数字の設定が極端だったためだと思ってほしい。しかし実際でも1以上2未満の精度でイメージや意図が伝わっているといっても、過言ではないであろう。(間をとって1.5として計算すると、1/1.5点=0.666….となり、100点満点換算すると表現力67点の香水である)

つまり、良い授業と同じ。
個々の理解力によらず、正しく情報やイメージを伝えることに成功している香水が、「香りの創作」という点で、「良い香水」である。

まとめ

議論の余地はあるだろうし、理論の甘い部分も多いだろう。
異論ももちろん認めるが、以上が私の香りに対する基本的な捉え方であり、当サイトで私が「名香」や「完成度が高い」、「優秀な香り」といった表現を用いているものの判断の根拠である。

このブログが「香り」という、理解したり選んだりすることの難しい分野の、1つの反エントロピーの創造に役立てれば、この上ない喜びである。

補足

かなりザックリ話を進めてしまったので、誤解がないよう追記します。
まず、この記事は香りの良し悪しや優劣を語ったものではなく、あくまで長年世界中で評価され続けている「名香」と呼ばれる香水について考えたものです。

私自身ずっと、名香とよばれるものがどう他の多くの香水から抜きんでているのかが疑問でした。
もちろん「名香」たるゆえんは香りの完成度だけでなく、他の様々な要素が絡み合った結果だと承知しておりますが、名香、という表現を使うからには、自分の中で最低限何らかの定義がないといけないなぁと思い、物理学の「ある性質に焦点をあてて、一見複雑に感じる事象の、単純かつ本質的な姿を見つける」といった捉え方を用いて、香水の香りについて簡単な定義を試みた次第です。

つまりは、香水の実用的な「香り」としての価値以上に、芸術品、または単に「創作」といった見地から、そのあり方を考えたもの、という感じです。

個人的には天然成分そのままの高品質なアロマオイルの薬効にもかなり興味関心があり、実際にスキンケアを始めとする様々な場面で用い、心身ともにその効果を実感しています。
また、もちろん植物そのものの姿の美しさや香りも愛しています。

そのため、「なぜわざわざ香水なのか」を、香水の意義を明らかにすることにより自らが納得し、また、「香水」としての魅力を再認識することにより、今後様々な香水をレビューするのにぶれない軸や、伝えるべきポイントを理解するのに役立つよう、半ば強引に、「作品としての香水」についての基本的な捉え方や基準を、自分なりにはっきりさせたかったのです。

嗅覚よりも性格的なものが大きいのでしょうが、私は基本的にはどんな香りでも好きです。

というよりも、以前専門としていた音楽でもそうだったのですが、今こうしてよく考えてみたら人間関係や物事の善悪についても、究極的には、それぞれにそれぞれの価値や正しさ、需要や魅力があり、また、芸術はもちろん日常でも、それこそ物理や数学の世界でもない限り、優劣のスケールの曖昧さは常に感じていることから、

「決められない、判断できない」といった意味で「どれも好き(否定はできない)」という感覚が根底にあるのだと思います。

良くも悪くも「嫌い」や「悪い」の感覚に自信がなく、また、ただ単に「嫌い」と感じたことによる罪悪感を埋めたいとか、そういった感情に判断の根拠を山ほど上げて理屈で納得したいとか、自己を正当化したいとかいう思いもあるのだと思います。

私にとって「不快(嫌い)」に対する不快情動行動が「攻撃的に分析して納得する」なのかもしれませんが、「快(好き)」なものへの快情動行動が「半ば盲目的に良い方向へ解釈して記憶する」なので、快・不快の混同がおこりやすいのかもしれません。

つまり、「良い香水」や「良い香り」を感覚的な好みだけで語るのではなく、また、「万人受けしやすい」などのワードを扱う上でも、実際のセールスや知名度以上の何か判断基準を自分の中につくりたい、といった動機からこの記事を書きました。

こういう話題は誤解を生みやすいことから、かなり注意して書いたつもりですが、もう一度だけ明確にしておくと、

「香水にはそれぞれにそれぞれの良さがあり、名香と呼ばれるものや人気の香水が必ずしも嗅ぐ人にとって良い香りではありませんし、また、優劣などでは決してありません。」

ほんとう、以前アドバイス集でも書きましたが、とにかく自由な気持ちで、また、自信をもって、お好きな香水を探して、選んで、楽しんでほしいのです。
ランキングや流行、人気といったものや、長年高く評価されてきたものの情報など、判断材料となるものは積極的に取り入れるのが望ましいですが、最終的には、ご自身の感覚を大切にしてほしくて、たぶん詰まる所、

「名香特集したり名香ってこんな特徴があるよって書いてるけど、ピタッとくる自分の香りを選ぶうえで別に全然重要な要素じゃないから、評価されてる、とかロングヒットですとかの物差しはチラッと測ったらササッと筆箱にしまって、自分の感覚に自信を持って、評価したり選んだりすることを楽しんでほしいな。」

って感じです。

うまく伝わりましたら、とても嬉しいです。

     

フォローお願いします!

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください