ゲラン ミツコ あやかしの白昼夢(小説仕立てレビュー)

注意:レビューというには明後日の方向に突っ走っています。ゲランミツコに思い入れがある方には、読むのを勧められない記事です。

名香特集第11弾の今回は、迷走しつつレビューの在り方を模索中。
ゲランミツコはとても複雑で情緒的な香水で、私はこの苦くて華やかな香りに、究極の癒しを感じます。

また、西洋から見た東洋美が転じて、都会から見た里山的風景、西洋人から見た高貴でミステリアスな日本人女性像が転じて、中国幻想小説に出てくる仙女のような存在。そんな感覚で、香りから受けたそのままのイメージを投影しました。

石投げられてもキャッチできるよう虫捕り網を準備しつつ、ひっそり公開。

mitsouko
ゲラン ミツコ

香調:シプレ・フルーティー <レディース>

トップノート「明るいシトラス」

ベルガモットの苦くて酸っぱいアロマティックな柑橘感がソロリと広がり、シトラスノートがジューシーでバランスの良い爽やか感を絡める。そして、ローズ(バラ)がリッチな華やかさを、ジャスミンが草の葉のようなサラリとしたグリーン・フローラル感を添えます。

*明るく上品なシトラスの香り

<小説仕立て>
僕がミツコに出会ったのは、あるカラリと晴れた、風の穏やかな日だった。

ちょうど実り始めたダイダイやグレープフルーツのシュンと鼻腔を刺激する香りが、ほんのり色づき始めた里山の風景をどこか懐かしく彩った、南中を幾刻か過ぎた昼下がり。私は2時間に1本しか運行されないローカル電車の、青い錆びたベンチが一つきりの小さな駅に降り立ち、都会のものとは異なる、甘く軽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

解放感と呼ぶには些か濃密な、ザワザワと揺れる木々の気配を体中に感じながら無人の改札を抜け、古びた石碑と手書きの案内板、開け放したガラス戸の入り口から生活感あふれるダイニングがのぞく、茶屋とも雑貨屋ともつかぬ小さな店があるだけの、ささやかな駅前広場けを歩き出した。

日曜の昼間だというのにあたりにひと気はなく、突き当りに見える30台は駐められるであろう月極駐車場には、軽トラと小型ワゴン車がまばらに数台と、ガランとした、やけにギラギラと青いアスファルトの地面が広がっていた。すぐ右手にはいかにも老舗といった趣の呉服屋の看板、左手には木の蓋の上に縄のついた桶の置かれた、大きな井戸が見えた。案内札によると井戸の奥の道の先には、樹齢約200年という杉の大木が祀られていることで有名な寺があるとあり、私は軽い気持ちで、その真っ直ぐに伸びた緩やかな坂道を登り始めた。

観光地というには程遠い、かといって民家や畑もまばらな、通行のために切り開いた山の、忘れられた土地のようだった。すれ違うのは地元の者と思しき老人と、若い登山客が1組きり。歩き出してしばらくたつと、左手には深い谷が、右前方には更に高い山々がそびえるのが見えた。

都会の喧騒を逃れてきた私には、人口の音のない、自然だけが作り出す淡いシャラシャラとした空気の音が心地よく、じっと耳を澄まして歩いていると、ふと風のざわめきや虫の声に混じり、ドドドドド、という水音が微かに聞こえてきた。ぐるりを注意深く見回すと、2時方向にそびえる初秋の緑に覆われた山の中腹から、まるで天と地を繋ぐかのように流れる、キラキラと白く光り輝く小さな滝が見えた。

――と、その瞬間、眼前にいきなり大量の水が迫ってきたかのような、何かが大きくとどろくのを感じ、私は驚きと恐怖にギュッときつく目を閉じて、その場にしゃがみこんだ。

永遠にも思えたほんの僅かな時間、襲い来るかと身構えた衝撃はいっこうに訪れず、私は恐る恐る目を開けて立ち上がった。あたりはシンと静まり返り、水の気配など微塵もない、青々とした緑に囲まれた道が、ただ、続いていた。先ほどまでいた道と全く同じに見えるのに、どこか、違和感がある。何度目を擦り見回すも上手くない。暗闇で強い光を見た時のようなくらんだ目と、三半規管をやられたようなフワフワとした軽い浮遊感に包まれ、それを補うよう踏み出す足は一歩一歩。土と砂利のザラザラとした感覚の地面をとらえ、しかしそのザラついた感触が呼ぶ不快感を誤魔化すようにまた一歩を踏み出すうちにゆっくりと。自分でもそうと意識しないまま、私は何かにひかれる様に、滝へと続く横道を歩き始めていた。

歩を進めるにつれ和らぐ眩暈と、次第にはっきりとしてくる視界に幾度か瞬き、私は迷い込んだ、ひと気のない静かな街道を観察した。何十年も前に舗装されたのであろうガタついた道の両脇には古い民家が並び、しばらく行くと5mほどの小さな橋、そのすぐ下には澄んだ小川が流れ、橋のたもとには草団子の看板を掲げた茶屋が一軒。低い平屋の屋根に取り付けられた屋号が書かれているのであろう木の板は、長年風雨にさらされ、かすかに「庵」の字が読み取れるほどであった。錠のかかった引き戸の奥は暗くて何も見えず、ただ軒先に吊るされた真新しい提灯だけが、今なお主人がいることを窺わせた。

更に道を行くと、左手にはガラスの割れて屋根や壁が崩れかかった、蔦だらけの廃屋越しに広い段々畑が、右手には粗末な木の柵で囲われた、不思議なほど澄んだ水色の貯水池が見えてきた。

風に乗ってどこからともなく漂う桃の香りにスン、と鼻を鳴らし、その芳しい香りの出どころを探ろうと視線を巡らすも、周囲には桃の木はおろか、花一つ咲いていない。暗く深い緑に飲み込まれた鳥の声一つ聞こえぬ世界を、私は今更ながら、いぶかし気に見渡した。

夕刻も近いというのに気温はいつまでも生暖かく、また、気象の割に強い、嵐の前兆のように時折吹く大きな風が心をざわつかせ、私は何とか落ち着こうと、当初目標に歩き出したはずの滝を見ようと目を凝らした。

しかし、直線を歩いてきたつもりがいつの間に曲がっていたのか、正面に見えていたはずの滝は深い緑に覆い隠され見えなくなっており、頭上に広がる紫色の空と、落ちかけた陽の、やけに赤い光があたりをユラユラ照らすのが空間を支配するのに、私はひやりと背筋を撫でられるような不安を感じ、道を引き返そうと後ろを振り返った。

ミドルノート「どこからか漂う桃の香り」

ピーチ(桃)のフレッシュなジューシー感があふれだし、ライラック(紫丁香花/ムラサキハシドイ)がミツバチの花粉にも似た繊細で涼やかな甘さを、イランイランが粘るようなバナナトーンの気配を、メイローズ(ローズドメイ)がほんのりスパイシーな華やかさを、ジャスミンが草の葉に似た独特なグリーンニュアンスを絡めます。

*桃が香る、繊細なフローラルミックスの香り

<小説仕立て>
ビクッと、まさに文字通りに飛び上がった。

振り返ったさき、先ほどは無人に思えた茶屋の提灯に白々とした灯が燈り、店の前には着物の女が一人、桶と柄杓を手に打ち水をする光景が目に飛び込んできた。

彼我は20mほどの距離があろうか。真っ赤な夕日に浮かび上がるような、淡いグレー地に大胆に鼓と鶴が描かれた着物。黒地に金の混じった艶やかな帯に、一糸乱れず結い上げた、白い肌が映える豊かな黒髪。その浮世離れした姿の女が、舞でも踊るかのような滑らかな動きで水を撒く様子を、私は息をするのも忘れ見入った。

パシャリ、パシャリ。
軽やかに響く水の音に現実感を取り戻し、そっと坂を下りだす。無意識に細い道の端に寄って歩き、茶屋の前へと差しかかった頃、水を撒き終わり顔を上げた女と目が合った。面長な顔にキリリとした、知性を感じさせる涼やかな目元。穏やかな表情をつくる太めの眉に、スッと通った高い鼻梁、キュッと締まった細い顎。そんなパーツの美麗さとは異なり、どこか少女めいた柔らかさを持つ頬と額。そして何より、強く女性らしさを主張するふっくらとした赤い唇。

妖艶なまでの女の魅力に圧倒され言葉を失ったのち、そんな自らを恥じる気持ちと、彼女の容姿に対する軽い興奮から、自分でも思ってもみなかった言葉が口をついた。

「この桃の香りは、どこから香ってくるのですか?」

上擦りはしなかったものの明らかな動揺の混じった私の声にほんのりと笑みを浮かべた女は、柄杓と桶を戸の前に置くと一度振り返り、目を合わせ僅かに首を傾いで、黙ったまま「どうぞ」と言うように右手を上げると、カラリと店の戸を開けた。

店内は木材を基調とした重厚なつくりで、オレンジ色の柔らかな照明が浮かび上がらせる家具はどれも、年季の入った独特の品格をたたえていた。ほのかに漂う茶のような甘苦いグリーンの香りと、乾いた木々のストイックな香りが、凛とした女の後ろ姿に見とれる私をたしなめる様に、フワリと鼻腔をくすぐった。

店内を進むにつれ濃くなる桃の香りに、いったいどこに桃があるのだろうと店内を見渡した矢先、ガラリ、と重たげな戸の開く音が響いた。

音のした方を見ると、女が玄関とは逆の、裏へと続く木戸を開けたところで、パアッと差し込む光に混じり、甘くやわらかな桃の香りが部屋いっぱいに入ってきた。

室内からは空と山しか見えぬその扉の先へ、手招きする女の後に続き、一歩、踏み出した。

まず目に飛び込んできたのは、どこまでも続くかのような、緩やかな傾斜がかかった、見事なまでに青々とした草原。そしてその傾斜の終着点には、色とりどりの花が咲き乱れる、広々とした美しい庭があった。

緑の山々に囲まれた風景からは想像もつかない、明るい色と光に満ち溢れた光景に面喰い幾度も瞬きをする私に、女はスッと典雅な仕草でひと際赤く輝く一角を指示し、

「桃の木は、あすこの薔薇のアーチの奥にございます。」

そう静かで凛とした声で言うと、ゆったりとした足取りで歩き出した。

私はというと、踏むのをためらうほど美しく生えそろった草の上を歩いたことがなかったため、そろそろと、女の足あとをたどるように数歩後ろを進んだ。

靴の下でサラサラと音を立てるのが心地よくて、裸足で歩いたらどんなに気持ち良いだろう、などと思いを巡らせるうち、次第にふんわりと、桃の香りに混じって様々な花の香りが私を包み始めた。

すんなりと心の内側に入ってくるそれらの香りを受け入れて、最初に気づいたのは、はじめはただ青いだけに感じたグリーン系の香りが、よく注意を向けてみると、なんとも艶めかしい華やかさをまとっていること。それから、どこからともなく漂ってくる、エキゾチックでまったりとした癖になりそうな甘さが、ほんのりスパイシーな薔薇の香りと驚くほど甘美なハーモニーを奏でていること。

私はこれまでの人生で嗅いだことのない、複雑な香りの渦に飲み込まれ、頭の芯がクラクラするような、甘やかな幸福感に浸っていた。

どこをどう歩いたのか。ただひたすら夕日に映えてキラキラ輝く、女の大きく結われた帯の、金色の発光するのに導かれて歩み続けた。

深紅の薔薇のアーチをくぐったところで、女が立ち止まった。

ぽっかりと開けたその空間に立つと、いったい何本くらいあるのだろうか、桃の実がたわわに生った木々が見渡すだけで十数本、のぞき込んでみると更に奥にも続いているようだった。

日の光に温められた、ふわふわと柔らかい桃の香りがあたりを包み込み、私は生まれて初めて、香りで心が満たされていくのを感じた。不器用に、そろそろと深い呼吸を繰り返し、体の細胞全てで香りを、気配を取り込んだ。

どのくらい時間がたったのか、ふと気づくと、振り返った女がゆっくりと近づいてきて私の前で立ち止まった。

近くで見るとなおのこと、息をのむような美しさ、とりわけ黒曜石のように煌めく瞳の力強さに、私は陶酔感にも似た甘くしびれるような、心臓をぎゅっと掴まれるような心地をおぼえた。しかし奇妙なことに、一度見れば忘るはずのないその端正な顔がふと見せる、こちらを窺うように視線を合わせる際の、僅かに左眉だけがあがる瞬間の面差しがどこか、ひどく懐かしくも感じるのであった。

白くまろい頬の輪郭に沿って輝く、金色の産毛に触れたくなる一瞬、それは懐かしさではなく、確かな記憶のような気もした。

女は首を僅かに傾げ、すっきりとした明瞭な声で、

「チェスを一局、お相手いただけますか。あなたが勝てばお好きなだけ、桃を差し上げましょう。」

と言い、少し離れたところにある東屋を視線で示してみせた。
驚きはしたが、嬉しく面白い提案だと思った。私は高鳴る鼓動を隠そうと、できる限りの平静を装い、

「あなたが勝ったら、私は何を差し出しましょう?」
そう問うと、女はしばしじっと、まるで心の底を見透かすかのような澄み切った目で私の目を見つめ、

「あなたの一番悲しい記憶をいただきましょう。」
と、考えの読めない、淡と静かな表情で言った。

妙なことを言うものだと思ったが、少し言葉を深読みし、単に思い出話をするのだろうと解釈した。
私の一番悲しい記憶。それは誰にも話したことのない、まだ生傷のような存在で、私は生真面目にも、それをちゃんと口に出して話すことができるのか、自分の心に問い始めた。

しかし結論が出る前に、降りたまろい沈黙に逸らした視線の先に広がる美しい庭園の風景と、視界の隅にうつる女の優し気な笑みにつられ、つい、私は小さく頷いていた。

案内された小さな東屋の円卓の上には、おそらく象牙でできているのであろう、精緻に彫られた艶やかなチェスセットが置かれていた。滑らかなくすんだ黄色の表面に夕日の強い赤が混じって、まるで星雲のような、曖昧で美しいマーブル模様を浮かび上がらせていた。

そっと指で触れるとキンとした涼やかで硬質な質感を膚に伝えてくる輝く駒を、私は一手一手、大切に動かした。女はいつもほんの少しだけ考えるような素振りを見せ、しかし、迷いなく駒を動かしていった。100手を少し超えただろうか。戦局は明らかになってきた。どれだけ知恵を絞っても、女はまるで私の考えが読めるかのように常に私の一歩先をゆき、ゆっくりとキングを追い詰めていくのだった。

それなのに私は、子供に戻ったような、暖かな何かが心を満たすのを感じていた。

女はときに母のように、私の無鉄砲に動かしたナイトに寄り添いあやすように優しくブロックしたかと思えば、あるときは父のように、突進させたルークをがっしりと受け止めた。そしてまたある時には師のように、ハッとするような敏い駒の動かし方をしてみせ、私に知的な興奮と喜びを与えた。

女は決して駒を犠牲にするような戦略を使わず、また、とても辛抱強かった。

互いに一言も発さぬのに、つやつやと輝くチェスボードの上には確かに、濃密な意思の疎通があり、時折交わす視線にはある種の共犯めいた親しみが混ざっていた。

私は深い安堵感に包まれながら、女のキラキラ光る目や白くほっそりとした指先、そして何より、着物の袂から漂う異国の香のような甘くスパイシーな香りに、ゆったりと、心を開け放っていった。

クイーンを取られ、周到に配置された女の駒からとうとうキングを逃がせなくなったときでさえ、私はとても幸せな心地で、参りました、をいうかわりに、

「お名前は?」と訊くと、女は「ミツコです。」と答えた。

差し出した右手を握った女の手は、白魚のような見た目とは裏腹な、かたくて温かな手の平だった。
様々な感情が胸を渦巻くのだけれど、伝える言葉を見つけられず、私はぽつり、ぽつりと言葉を並べた。

「私はずっと、自分の悲しい記憶を呪い、忘れたいと心から願っていましたが、いざ手放せると思うと、ほんの少しだけ、自分の一部として愛おしく感じることができました。」

口にして初めて、自分でも意識していなかった自分の感情を認識し、私はどこか居心地が悪いような、不安なような感覚に
とらわれた。女はそんな私の手を優しく両手で包みこみ、いたわる様な、けれどもどこか安心したような優しい目でじっと、私の目から不安が消えるまで見つめ続け、

「――……   、」

何かを言おうと口を開きかけ、しかし何も言わず、ただ静かにほほ笑んだ。

その瞬間、ふわりと心が蕩けたように感じ、次いでパアアッと浮遊していく意識の中で、私は、女が私の名前を呼んだように思った。

ラストノート「苦くて辛い、でも甘い」

オークモスの森の地面のような苔むした香りがゆったりと広がり、ベチバーがスモーキーな重いウッデイー感(木の香り)絡める。そして、スパイスノートがキリリと締まった香り高い辛味を、シナモンがノスタルジックなビター・スウィート感を、アンバーがぬくぬくとしたセンシュアルで甘いアニマル感で深みを出します。

*スパイシーなオークモスの香り

<小説仕立て>
ザアッと頬をなぜる冷えた風に、意識が浮上するのを感じた。
まだ目覚めたくないような甘い幸福の余韻に浸ったまま、私はシン、と静かで仄かに苦い、深い森の息吹を呼吸していた。時折風に混じるスパイシーな辛みがスッと五感を研ぎ澄まし、全ての香りが調和しているような、そんな安らぎがあたりを包んでいる気がした。

どれくらいそうしていただろうか、意識が覚醒するにつれ様々な感情が心を過ぎり、私はハッと目を開けた。
初めに視界に映ったのは、まろやかな光に包まれた薄青く澄んだ空。パチ、パチと幾度か瞬き体を起こすと、緑の山々の隙間から、燦々と輝く朝日が昇るのが見えた。自分の置かれた状況を把握しようと思考を巡らせると、ツキン、と胸の奥が鈍く痛んだ。キュッと心臓を締め付けられるような、確かに「悲しみ」に似た痛みなのに、そこには何ら付随する記憶がなかった。

「記憶がない」とは不思議なもので、その悲しさの理由の分からない「悲しみ」は、私の怒りや不安、喪失感といった雑多な感情をかきたてることなく、ただ静かに、悲しみに浸ることを許してくれるのだ。私はこれまで悲しい記憶を思い出すとき、わき起こる様々な感情に翻弄されてしまいきちんと「悲しみ」に向き合うことができなかったため、ずっと、胸に刺さった棘を抜くことができずにいた。

こうしてじっと胸の痛みを感じられたのは、一体いつぶりであろうか。頭の中の雑音が消え去り、そこには穏やかな静寂と温かな癒しがあった。

朝焼けの優しい光の中で、胸に刺さった棘がポロポロ、ポロポロと抜けていくような心地の中、私は一人、ぽたぽた、ぽたぽた涙を流し続けた。

香りについて

ストレスがたまると苦いものが欲しくなる、っていいますよね。
コーヒーやお茶、ビールを始め、ピーマンやチョコなど。

私の場合、香水も苦いものやスパイシーなものが欲しくなります。

特に好戦的な気分のときや緊張しまくってる期間など、「あかん、まだリラックスしたない…!」ってときはメンズものなんかをよくつけるのですが、やはりそんな状態を続けると疲弊してきてしまう。

そんな際に無性に欲しくなるのが、レディースでシプレやレザー系の、特に苦くて、でもどこか優しい甘さや華やかさを持った香りです。
このゲランミツコもですが、更に性別を忘れていたい時には、グレのカボシャールなんかも。

これらの香水が、レディースメンズ関わらず苦み重視の多くの香水と何が違うかというと、
つけた後のリラックス度合いと、残り香(ここではラストノートよりもっと後にほんのり残る香り)の華やかさです。

付けてる間はそんなに感じないのですが、
夜に服を脱いだ時や、シャワーを浴びるときに一瞬ふわっと立ち上る香りが、昼間の苦い香りからは想像していなかった蜜のような甘い香りに変化していて、「あれ?今日なんの香水つけてたっけ??」と思う瞬間、とても、とても、癒されるのを感じるのです。

常々香水の大きな魅力の1つとして「香りの変化」をあげていますが、こういった苦い系の香りで残り香が蜜のように甘くなるものは、本当に特別に素敵。

緊張してると、甘い香りや華やかな香りって、つけたらリラックスできるんだろうなぁ、とは頭で思うのに、それ以上にイライラしてしまい付ける気がしないのですが、かといって苦いだけの香りを付けると、その場はいいけれど、期間が長引くとゾンビ化してしまう。

その中間のイイとこ取りが、こういう「苦いのに残り香は蜜のような香水」。
リラックスするつもりじゃなかったのに、苦みでストレス発散してたらいつの間にか癒してくれてるような。

ライオンやったのに気づいたら猫になってた!みたいな。

リラックス系の香りを受け付けないほどストレスが溜まって緊張しているときに、黙って優しく寄り添ってくれる特別な香りです。

香りの成分&いろいろ

<トップノート> ベルガモット, シトラス, ローズ, ジャスミン
<ミドルノート> ピーチ, ライラック, イランイラン, ローズ, ジャスミン
<ラストノート> オークモス, ベチバー, スパイス, シナモン, アンバー

1919年発表, 調香師 Jacques Guerlain
* Mitsouko Eau de Toilette Guerlain *

[持続性] ★★★★☆ [拡散性] ★★☆☆
[TPO] 春・夏・秋・冬 / デイタイム・ナイトタイム

     

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コメント

  1. 茉莉花 より:

    シャネルのNo.5の生まれる2年前、1919年に誕生したゲランのミツコ。
    三代目調香師、ジャック・ゲラン師が、親交のある小説家、クロード・ファレール(本名:フレデリック・シャルル・ボルゴーヌ)氏の小説『ラ・バタイユ(戦争)』に登場する、大日本帝国海軍大将夫人、ミツコをイメージした香水。
    世界で初めて桃の香料を使った香水として知られ、『シプレーの至宝』と名高い香水。
    ジャック・ゲラン師が、この香水を作ろうとした切っ掛けは、ファレールが小説の中で、ゲランの香水を取り上げたのが切っ掛け。その恩返しとして、ファレールの小説を元に香水を作ろうと考えた結果、ラ・バタイユの中に登場する、ミツコ夫人の強くしなやかな生き様に心を打たれ、彼女をイメージした香水を作り上げたのだそうです。
    奇しくも、ジャック・ゲラン師が活躍していた時代は、カレルギー家に嫁いできた日本人、『ミツコ・クーデンホーフ・カレルギー伯爵夫人』も活躍していた時代でもありました。彼女は、社交界の華として当時は大変持て囃されていたそうで、ゲラン師も、彼女の事は知っていた様です。
    彼女も、やはり強くしなやかで快活な人柄だった様で、その人からも香水のイメージが出て来た可能性が高いでしょう。
    1919年は、第一次世界大戦が終結して間も無い頃で、ゲランのメゾンも相当なダメージを被ったそうです。
    そんな中で誕生したミツコ。
    当時は新しい香水瓶を作る余裕が無かったので、7年前に誕生していた、『ルール・ブルー』の瓶にミツコを詰めて販売したそうです。
    ミツコは、瞬く間に大ヒット。
    ただ、皮肉な事に、ルール・ブルーのボトルにミツコを詰めた事で、顧客の中では、ルール・ブルーのボトルが、ミツコのボトルとしてイメージが定着してしまったとか。
    戦後は、経営が安定した為、ミツコは、様々な意匠のボトルに詰められましたが、現在は、元のルール・ブルーボトルで落ち着いているそう。
    当のルール・ブルーは、廃番とならずに今も世界で愛され続けています。
    1912年に誕生したルール・ブルー。
    フランス女性の間では、『いつか纏ってみたい香水』とされてるとか。
    100年以上の歴史を誇るルール・ブルーは、荘厳で静かで、とても気高い香り。
    元々は、ジャック・ゲラン師の最愛の妻、リリー・ゲラン夫人に捧げられた香り。
    リリーはこの香りをいたく気に入り、よく纏っていたそうで、周囲からは、『リリーの香り』と言われたそうです(^^)
    夕暮れ時の深いコバルトブルーの空の美しさに魅せられたジャック・ゲラン師がこの黄昏の空を香水で表現したそうです。
    100年以上前の作品というだけあり、時の重みがとても感じられ、厳粛な気持ちになります。
    コレクターならば一つは持って置きたい香りであり、ミツコとの繋がりを知る香りでもあります(^^)♪
    出来るなら、オードトワレではなく、オードパルファンがオススメ。
    パルファンが手に入れば尚良いかと思います。
    オードパルファンは、ルール・ブルーの奥深い香りを楽しむ事が出来ます(^^)♪
    ワンプッシュでかなり持続しますので、朝にワンプッシュすれば、一日中楽しめます(^^)♪
    私自身は、ルール・ブルーとミツコの両方をオードパルファンで所有しています(^^)♪

    1. リリー より:

      茉莉花さん、興味深いお話をありがとうございます(*´▽`*)
      ゲランの香水にまつわる逸話は、本当に素敵ですね。
      香りの格調高さもさることながら、人としての品や気高さ、あるべき姿を探求したその精神に、深く感銘を受けます。
      「芸術作品としてのゲラン香水」(=タイムレスな価値)のイメージが強いためあまり考えたことがなかったのですが、
      19世紀や戦争といった時代の波をくぐり抜けながら作品を発表、販売し、経営に悩んだり、受け入れられたりといった過程をへて、こうして現代に受け継がれているのですね。
      ゲランはゲラン、のように当たり前に思っていたことの成り立ちを知るたび、なんだか世界が好きになれます(*´▽`*)
      『ルール・ブルー』、ゲランの夜間飛行やミツコに興味を持ちだした頃から名前は知っているのですが、
      何とはなしに気後れして、まだ肌で香りを試したことのない、憧れの香水の一つです。
      空や海の象徴でもある『青色』は私にとってとても特別な意味があるため、『いつか』と夢見ていたい気持ちもあるのかもしれません。
      といっても『いつか』は現実になりにくいので、ある日ふと覚悟を決めて衝動買いしていそうですが…。(笑)
      その際には茉莉花さんのアドバイス通り、オードパルファン版にします(*‘ω‘ *)
      100年前って、歴史的にはもうしっかりと「過去」なのに、大正生まれだった父方の祖母を通して触れた「時代の空気」のイメージが記憶の中で優しく温かいため、50年前よりもよほど身近に感じます。
      母方の祖母と父方の祖母の年の差が一世代分あったので、私にとって標準的な「おばあちゃん」の言葉が指す年代の遥か上をゆく大正生まれのこの祖母に対して、リアルの「祖母や曽祖母世代」とは異なった、特別な「時代や世代のイメージ」を形成していたのかもしれません。(彼女は近所のおばあさん友達の中でもお姉さん的存在、母方の祖母からは「おかあさん」と呼ばれていました。そのため、幼い頃の私はたまにしか合わない「母方ばあちゃん(ママのママ)」も「祖母」なのだとは理解していませんでした。笑)
      ゲラン香水を通して触れる100年前の世界や人々、価値観。
      時を超える「香り」の力は、こうして改めて考えてみると、魔法みたいですね。

  2. 茉莉花 より:

    ルールブルーと同時期に生まれた香水としては、ウビガンの『Quelque Fleur』。
    こちらは、パウダリックフローラルで、所謂『元祖鏡台香』。今の若い人の言う、ニヴェアやオロナイン系鏡台香ではなく、それよりも古い世代の言う、質の荒い化粧品の香り。
    全体的に主張の強い香りで、他の老舗パルファムメゾンの香水と比べて、押しが強いのが特徴。
    ウビガンといえば、『Fougere Royale』で有名で、男性用香水のジャンル『フゼアノート』の生みの親として知られています。
    18世紀の1775年に産声を上げた老舗メゾンであり、当時は、高級香水店と言えば、ここだけだったとか。
    王侯貴族に愛好者が多く、皇帝ナポレオンや、マリー・アントワネット、ポンパドゥール夫人、レカミエ夫人が顧客に居るメゾン。
    ナポレオンとマリー・アントワネットは逸話が残っており、ナポレオンは、臨終の床に臥せっている時でさえも、ウビガンの香水の香りを絶やさなかったそう。
    マリー・アントワネットに関しては、フランス革命で宮殿を追われ、逃亡生活をしている最中、使いに香水のメモを渡して、ウビガンへ買いに行かせたという話しが残っています。
    1980年代まで旺盛を極めて居ましたが、多額の負債を抱えてしまい、1993年に破産という憂き目に遭ってしまいました。
    その後、ルネッサンス社とライセンスと処方を売却したものの、ルネッサンス社は、ウビガンの名前が欲しいだけの銭ゲバ会社だったようで、水増し処方の粗悪品がウビガン名義で出される事に。
    怒ったウビガンは、ルネッサンス社と、その保険会社を訴える騒動にまで発展。
    ルネッサンス社の創業者が急逝した事でルネッサンス社の経営は悪化。その後、ルネッサンス社は倒産。
    身寄りの無くなった、ウビガンは、今度は、名香『タブー』を生み出した香水メーカー、『ダナ社』にライセンスを売却する事に。
    その頃のダナ社は、経営が二転三転しており、安物売りの会社に堕ちてしまった模様。
    処方は一部を残して売却。
    Quelque FleurとApercuの処方だけは、ダナ社に売り渡さなかったそう。
    後に、モナコのロフト社とライセンス契約。
    ロフト社は、零落した老舗メゾンの立て直しを図る、良心的な会社で、オランダの名士、ロジャ・ダヴ師率いるRDPRグループに委託。
    ロジャ・ダヴ師は、Fougere Royaleを丁寧に復刻。
    その後は様々な名香達を見事に復刻させる。
    ロフト社は、高級路線へと舵を切り、正規価格帯で売る販売店だけにウビガンの香水の取り扱いを認める事で、ウビガンの崩れ落ちたステータスを修復。
    こうして、ウビガンは、往年の輝きを取り戻すのでした。
    ロフト社及び、RDPRグループによって復刻を遂げた作品達は、当時の香りそのまま。
    是非とも押さえて置きたいメゾンです(^^)

    1. リリー より:

      茉莉花さんヽ(*´▽`*)ノ
      いつも色んなことを教えてくださり、ありがとうございます。
      とても勉強になります&今まで知らなかった香水の魅力にときめきます。
      ウビガン、なかなか敷居が高く、ずっと気になっていたメゾンです。
      200年以上も続いた老舗メゾンが倒産していたとは、経済や商売は本当に理解を超えます。
      ルネッサンス社の件、こうしてお話を聞くだけでも心が痛むのに、大切な処方を粗末に扱われたウビガンのショックたるや、想像を絶しますね。
      ロフト社に救われて、本当に良かった……!
      ライセンスがいろんな会社の手に渡っていく様子には、いかにして香りやメゾンを守り育てているのかといった、香水を楽しむうえで知っておくべき、貴重な作り手達の姿を学ばされます。
      有名ブランドも高級メゾンも、私にはどのような規模で経営や製造が行われているのか、想像もつかないのですが、優れた処方が世代をこえて受け継がれていくのは、本当に素敵ですね。
      マリーアントワネットとナポレオンの逸話、歴史の授業でふくらませていた彼女らのイメージにぴったりで、ウビガンに親しみがわきます(*‘ω‘ *)
      どんな状況にあっても香りにこだわるって、とても粋!
      私もそういった気概をもって、人生を生き抜いていきたいものです。
      現在は当時の香りが丁寧に復刻されているとのこと、
      まずはFougere RoyaleとQuelque Fleurから挑戦してみようかしら。深緑のボトルのも素敵そう。
      茉莉花さんはウビガンの香水では、どれがお好きですか?

  3. 茉莉花 より:

    ウビガンはQelque FleurとDemi Jour2つしか持ってませんので、この2つからしか比べられませんけど(^_^;)
    何方も甲乙の付け難い、優れた香りです(^^)♪
    Demi Jourは、1987年の作品。
    ウビガンの経営に陰りが出て来た頃の作品となります。
    『元祖フルーティーフローラル』と評される作品ですが、どういう訳か、香料の構成には、フルーツの香りが無いのです(笑)
    フルーツの香料が入っていないにも関わらず、甘酸っぱい香りがする摩訶不思議。
    ウビガンの調香技術のなせる技とでも申しましょうか。
    トップは、ベルガモットとヴァイオレットが、アルデハイドのリフトに乗って甘酸っぱい香りが駆け抜けていき、ミドルは、オリスルート、ジャスミン、ヘリオトロープ、スズラン、イラン・イラン、ローズの豪華なフローラルが甘酸っぱい香りに溶け出し、花のジャムの様な美味しそうな香りに。
    ラストはオークモス、シダーウッド、ムスク、サンダルウッドのアーシートーンで、庭園でお花のジャムの紅茶を飲んでる様な香りに。
    纏っていると何気に心地よい香りです(笑)
    精巧に彫られたガラスボトルはとても美しく、インテリアに飾って置いてもお洒落(^^)♪
    外箱のデザインも品が良くて良いです(^^)♪

    1. リリー より:

      香料のもたらす「フルーティー感」って不思議ですよね。
      様々なタイプの香水に慣れていくと、たまに直接「何々の果物の匂い」というわけでもないのに、「あ、フルーティーだなぁ」って。(笑)
      成分レベルであったり、パウダリーやグリーン等と並ぶ香った時の印象であったりという次元からの「フルーティー」なのでしょうけど、本当、香りの感じ方って興味深いです。
      庭園でお花のジャムの紅茶…!(*´▽`*)
      そういう優雅で心地よい香りって、貴重ですよね。
      「石鹸の香り」至上主義な今の傾向に対して、「美しい庭園の香り」はクラシック香水での王道のテーマのようにも思えます。
      そう分類すると、「美しいフローラルブーケの香水が誕生→そういう香りの石鹸が流行る→その石鹸の香りの香水が流行る→そういう“石鹸の香りの香水”風の柔軟剤が流行る」という風に今の傾向にたどり着いたようにも思えますね(笑)
      次は「石鹸の香りの香水風の柔軟剤の香りをイメージしたコロン」でも流行るのでしょうか(/ω\)

  4. 茉莉花 より:

    もうそこ迄行ってしまったら、『香水擬き』レベル(´Д` )
    実際、人気ブランドの香水の香りに似せた香水がワンサカとある様で…。
    私の知っている限りでは、ジャンヌ・アルテスや、日本のアマティアス辺り。
    ジャンヌ・アルテスは1980年頃に創設された、香水ブランド。
    草創期は、『Les Lion d’Arthes』や『Mascarade』、『Arome』といった、個性的でしっとりとした大人の香りの香水が出ていましたが、今は、ティーンズ向けのチープな香りを作る様になってしまいました。
    セクシーシリーズ辺りは、アランドロンのサムライ風の香りのメンズ香水、『セクシーボーイ』、セクシーガールに至っては、イヴ・サンローランのベビードール風になってたりと、夕飯ブランドの香水をもろパクり(´Д` )
    随分と安っぽいブランドになったと思ったものです。
    アマティアス辺りは、キャシャレルのアナイス・アナイスにソックリな香りの香水を出してますし。
    何れも似てるというだけであって、オリジナルではないので、オリジナルを使って来た人なら違いが分かってしまいます。
    で、大概はスグに香りが飛んでしまいますし、何よりも激安価格。
    有名ブランドの香りを付けてみたいけど、高くて手が出ない。似た様な香りで雰囲気だけでも…という様な人が手にするタイプ。
    昨今はネットフリマがありますので、ワザワザ『○○風』、『△△風』な香水に手を出さずとも、良心的な出品者さんに出会えば、本格的な物が手軽に手に入ります。
    私自身は結構ネットフリマを活用して香水を集めているので、中には廃番になって手に入らないレア物に出くわす事もしばしば。
    お宝香水が手に入るのもネットフリマの魅力です(笑)

    1. リリー より:

      後追い&流行りものに乗っかるタイプのビジネスだと、擬だらけに(´Д`)
      アマティアスは中国製ならではの雑さとやっつけ感が凄まじい…。
      パクリでなく擬系だと、その値段出すならばもっと他に選択肢あるのに…と思ってしまうようなものが、宣伝や流通のみょうでガッツリ流行っていたりしますよね(^_^;)
      いくつかのメーカーの、香りの良し悪し以前に頭痛を誘発するような質の悪い合成香料だらけのものは、香水嫌いを増やしているだけのようにも思えて、微妙な気持ちになります。
      「日本人の好みに合う香り!」をうたってそういった安香水をさも定番かのように広めてしまう行為は、結局は業界全体の首を自分達でしめてしまっているようにも思えます。
      音楽業界しかり、文化を育てようといった意欲をもたず、目先の利益やインパクトばかりを追い求める大衆迎合的な層ばかりが幅を利かせてしまうと、結局は市場自体が萎んで、斜陽産業へと突き進んでしまうような。

  5. 茉莉花 より:

    私の母方の祖父は、割烹屋の店主でした。
    その店は『一見さんお断り』レベルの敷居の高さで有名でした。
    祖父は、目先の儲けには目もくれず、ただ、自分の美味しいと思った物だけをお客様に提供するというスタイルを貫いていました。
    勿論、美味しい物を作るのですから、素材には徹底的に拘り、極上の物だけをお客様に出すという拘り。
    なので、本物の味を理解出来ない人には来て欲しくないという考え方でした。
    そう、普段から調味料をドバドバ使い、味の濃いものばかりを食べて、素材そのものの味が分からない人間には来て欲しくないという事。
    それだけ、食に対する情熱が凄かった祖父でした。
    大衆に迎合する事を好まず、ただ只管に、最高の素材を使い、その素材の味を存分に活かし、最高に美味しいお料理を作りたいという思いでお料理を作っていたそうです。
    本当に良い物を作るというのは、こういう事だと、香水と向き合ってみて改めて感じたものです。
    販路を限定し、大量には作らないメゾン物は、私の母方の祖父の姿勢の様なものが感じられます。
    香水の本当の価値が分からない人には買って欲しくない。本当の価値が分かる人だけに買って欲しいという思いがよく伝わってきます。

    1. リリー より:

      情熱や確固とした哲学・美学、信念をもって真に良い物を作る……、素晴らしいですね。
      そういった姿勢を貫き通すことがいかに大変なことか、不本意ながらも大衆に迎合しがちな私には想像もつかないのですが、物作りの姿勢と共に一人の人間の生き方としても、心から憧れます。
      味覚と嗅覚の良し悪しには深い関係があるといいますが、本物の味を追求したお祖父様と、本物の香りを追求する茉莉花さんは、何か不思議な繫がりがあるようで、とてもロマンチックですね。
      メゾン物の香水の価値は、それこそ分かる人にしか分からないのでしょうけれど、作り手の思いやプライドが詰まったものは、物があふれている現代では特に、それ自体が立派な付加価値にもなり得ているようにも思います。
      こだわりを持って何かを生み出す人、更にはそれで社会と関わりを持ち、価値を認められて生きている人が、たまらなく眩しく思えます。
      私も頑張ろう・・・(>_<)

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